「国難」をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書 概要
土木学会 平成29年度会長特別委員会 レジリエンス確保に関する技術検討委員会
 
我が国は世界有数の自然災害地であり、そこに高度・高密な産業活動が行われている。この地を近年と みに巨大化する自然災害が襲えば、その及ぼす被害はその後の国の存立・発展に致命的な影響を及ぼしか ねない。 本報告はこのような国難と呼びうる致命的事態を回避し、巨大災害に遭遇してもその被害を回復可能な 範囲にとどめうる対策、すなわち国土のレジリエンス確保方策を示そうとするものである。そこでは過去 の大災害のもたらした長期的影響を調査し、これをもとに今後起こりうる巨大災害のもたらす被害を推計 し、それを減ずるに必要な対策とその経済的効果を示し、対策の早期実施を求めている。加えて、旧来流 の防災インフラ整備以外の制度的、教育啓蒙的な諸対策の早期実施や、新規の防災財源の創設等の提言を するものである。 なお、本報告は考えうるすべての巨大災害とそれへの対策を扱っているものではない。現象は余りにも 膨大であり、一方我々のもつ能力や時間は限られている。そのため本報告では巨大災害としては、首都直 下地震、南海トラフ地震、三大湾の巨大高潮、三大都市圏の巨大洪水のみを検討対象とし、また対策そし てその効果の推定も堤防、道路等公的インフラストラクチャーの整備、増強に限定している。
 
○ 分析の結果、下記被害が生ずることが推計された。なお、今回の被害推計の特徴は「長期的な経済被害」 を推計している点にある。これまでの検討では、長期的な国民所得・国民総生産の低迷効果は十分推計 されていなかったが、今回は、過去の大災害の被害状況を実証的に踏まえつつ、長期間(地震について は20年、水災害については14ヶ月)の経済低迷効果をシミュレートすることを通して、経済被害を推 計している。 表1 巨大災害の被害推計  経済被害 資産被害 財政的被害 地震・津波 (20年累計)  (20年累計) 南海トラフ地震 1,240兆円 170兆円 131兆円 首都直下地震 731兆円 47兆円 77兆円 高潮 (14か月累計)  (14か月累計) 東京湾巨大高潮 46兆円 64兆円 5兆円 大阪湾巨大高潮 65兆円 56兆円 7兆円 伊勢湾巨大高潮 9兆円 10兆円 1兆円 洪水 (14か月累計)  (14か月累計) 東京荒川巨大洪水 26兆円 36兆円 2.8兆円 大阪淀川巨大洪水 7兆円 6兆円 0.7兆円 名古屋庄内川等巨大洪水 12兆円 13兆円 1.3兆円 ○ 一方、様々な公共インフラ対策で、経済被害(間接被害)を3分の1から6割程度、軽減できること が示された。
 
表2 公共インフラ対策による経済被害の縮小(経済効果)  減災額(減災率) 対策内容(合計事業費) 地震・津波(20年経済被害)  南海トラフ地震 509兆円(41%) 道路,港湾/漁港,海岸堤防,建築物耐震強化(38兆円以上) 首都直下地震 247兆円(34%) 道路,港湾/漁港,海岸堤防,建築物耐震強化(10兆円以上) 高潮(14か月経済被害)  東京湾巨大高潮 27兆円(59%) 海岸堤防(0.2兆円) 大阪湾巨大高潮 35兆円(54%) 海岸堤防(0.5兆円) 伊勢湾巨大高潮 3兆円(33%) 海岸堤防(0.6兆円) 洪水(14か月経済被害)  東京荒川巨大洪水 26兆円(100%)  大阪淀川巨大洪水 7兆円(100%) 河川インフラ整備(計9兆円) 名古屋庄内川等巨大洪水 8兆円( 66%)  ○ 巨大災害に対する公共インフラ対策は、経済被害を縮減し、税収の低迷を緩和することを通して、「財 政構造の健全性を守る」ためにも不可欠であることが改めて示された。 ○ さらなる被害軽減を図る上で、地方部における交通インフラ投資をはじめとした「東京一極集中緩和策」 の展開が求められていること、より防災機能を重視したインフラ整備の必要性が示された。あわせて、 「人的被害の縮減」と「民間投資促進」のためには、リスクコミュニケーションや防災教育などの「ソ フト対策」が効果的であることを指摘した。 〇巨大災害発生時までに各対策が「間に合う」ためにも、それぞれの災害発生確率を踏まえて、「15年程 度で完了」することが必要であることが示された。 ○ 様々な対策を可及的速やかに推進する「長期プラン」の策定が必要であると同時に、その長期プランを 着実に進めるための「制度・組織・人材育成」が重要である。あわせて、そのための長期プランを実施 可能な「財源」の確保が必要である。財源確保にあたっては、下表に示す様な、各々のレジリエンス対 策で期待できる「税収の縮小回避効果」(つまり、対策をする方が総税収が多くなるという効果)があ ることを踏まえつつ、かつ、PFIやレジリエンス銀行などの民間資金を可能な限り活用していく方針が 重要である。 〇なお、本検討では未考慮事項が多く、今後のさらなる検討が必要である。 表3 各巨大災害に対する対策の合計費用と、それによる発災時の税収縮小回避(税収増)効果  合計事業費※1 税収縮小回避(税収増)効果 地震・津波  (20年経済効果より推計) 南海トラフ地震 38兆円以上 54兆円 首都直下地震 10兆円以上 26兆円 高潮  (14ヶ月経済効果より推計) 東京湾巨大高潮 0.2兆円 2.8兆円 大阪湾巨大高潮 0.6兆円 3.7兆円 伊勢湾巨大高潮 0.5兆円 0.3兆円 洪水  (14ヶ月経済効果より推計) 東京荒川巨大洪水  2.6兆円 大阪淀川巨大洪水 9.0兆円※2 0.7兆円 名古屋庄内川等巨大洪水  0.8兆円 ※1公共主体の公共インフラ対策費。ただし民間資金が注入される項目や補助率等が確定していない項目は除外。 ※2被害軽減効果は各水系の1箇所が決壊した場合の推計値だが合計事業費の算出には他の地点での氾濫対策を含めた上下流や左右 岸の河川整備やダム整備など流域全体の整備コストを計上。河川の強靱化対策では、巨大津波や巨大高潮に対しても被害を大 きく軽減する効果が見込まれるが、事業費の重複を避けるため、各強靱化対策に係る整備コストは巨大洪水の合計事業費に一 括計上している。