南海トラフ巨大地震 長期的な経済被害 推計で1410兆円

南海トラフ巨大地震や首都直下地震が発生したあとの長期的な経済被害を専門家の学会が初めて推計しました。このうち、南海トラフ巨大地震では、道路の寸断や工場の損害によって20年間の被害が最悪の場合、1410兆円に上るおそれがあり、学会は、国民生活の水準を低迷させる「国難」になるとして、対策の強化を求めています。

災害の専門家などで作る土木学会の委員会は、南海トラフ巨大地震や首都直下地震が発生したあとの長期的な経済被害を推計し、7日、報告書を公表しました。

それによりますと、地震の揺れや火災、津波などで道路や港など交通インフラが寸断され、工場などの生産施設が損害を受けることで、長期にわたって国民の所得が減少すると想定されるとしています。

こうした影響を計算した結果、地震発生後20年間の経済被害は、いずれも最悪の場合、南海トラフ巨大地震で1410兆円、首都直下地震では778兆円に上るおそれがあることがわかりました。

これは、今年度の国の一般会計予算97兆7000億円余りに対し、首都直下地震はおよそ8倍、南海トラフ巨大地震はおよそ14倍に相当し、土木学会は、長期的に国民生活の水準を低迷させる「国難」になると指摘しています。

一方、報告書では、道路や港、堤防の耐震化などを進めることで長期的な被害を3割から4割程度軽減できると試算していて、国などに対策の強化を求めています。

南海トラフ巨大地震と首都直下地震の経済被害をめぐっては、5年前の平成25年に国が想定を公表していますが、いずれも短期的な被害が対象で、20年後までの長期的な被害を対象にした推計は今回が初めてです。

土木学会会長「最貧国になりかねない」

土木学会の大石久和会長は「これだけの経済被害が生じるとは予想もしておらず、驚きだ。今のまま巨大災害が起きたら想像もつかないようなことになる。日本が東アジアにおける小国、最貧国の1つになりかねないと考えている」と強い危機感を抱いていることを明らかにしました。

そのうえで、「被害を軽減するため、政府は、国民にオープンにした形で法律に裏付けられた公共インフラの整備計画などを打ちたてるべきだ」と述べました。

専門家「一刻の猶予も許されない」

土木学会の委員会の委員を務めた、巨大地震の防災対策に詳しい関西大学の河田惠昭特別任命教授は「会社だと赤字で倒産するが、国の場合は滅亡する。南海トラフ巨大地震のような『国難災害』が起きると、国が成り立たなくなると考えるべきだ」と指摘しています。

そのうえで、「今は、南海トラフ巨大地震も首都直下地震も、30年以内の発生確率が70%から80%ほどになっていて、一刻の猶予も許されない時代に入っている。『想定外』という言葉は東日本大震災で最後にしなければならず、そのためには新たな対策を進めていかなければならない」と話しています。

「国難」級の自然災害とは

「国難」級の自然災害とはどのようなものなのか。

報告書は「国の国力を著しく毀損し、国民生活の水準を長期に低迷させうる力を持った巨大災害」と定義したうえで、過去に世界で起きた複数の巨大災害を例として挙げています。

その1つが、1755年にポルトガルの首都・リスボンを襲ったリスボン大地震です。
マグニチュード8を超える巨大地震で、報告書によりますと、揺れや津波、火災によって都市の建物の85%が壊滅し、死者は最大で当時の人口の3分の1に相当する9万人に達したと推定されています。

被害額は、当時のポルトガルのGDP=国内総生産の1.5倍に上ったともいわれ、地震による混乱が国力の衰退を促す要因の1つになったと指摘されているということです。

また、日本では、幕末に相次いだ大地震などを挙げていて、1854年、南海トラフを震源に安政東海地震と安政南海地震が相次いで発生しました。
いずれもマグニチュード8.4の巨大地震で、各地に大きな被害をもたらしました。

さらに、翌年の1855年には、東京の直下でマグニチュード6.9の安政江戸地震が発生して、およそ1万人の死者が出ました。

これらの災害で各地の藩に大きな費用の負担が迫られ、十分な復興事業が実施できなかったことが幕府への不満を募らせる一因となり、倒幕の流れを加速させたと考えられるとしています。

報告書の特徴は

今回の報告書の特徴は、地震や津波による建物などの直接の被害だけでなく、道路の寸断などによる長期的な経済の被害を推計したことです。

このうち、南海トラフ巨大地震では、国が5年前の平成25年に公表した経済被害の想定で、建物や道路の直接の被害がおよそ170兆円と推計してきました。

今回の土木学会の報告では、これに加えて、道路や港など交通インフラが寸断され、工場などの生産施設が損害を受けることによってどの程度、国民の所得が減少するのかを計算しました。

その結果、20年にわたって起きる経済被害が最悪の場合1240兆円と推計され、直接の被害を合わせると1410兆円になるとしています。

推計の期間を20年としたのは、23年前の阪神・淡路大震災では発生から20年間にわたって震災の影響による経済の被害が出続けたと推定されたためで、この経済被害は98兆円余りと推計されるということです。
南海トラフ巨大地震では、このおよそ14倍の甚大な被害になるおそれがあることになります。

20年で失われる納税者1人当たりの所得も推計していて、名古屋市で2058万円、大阪市で1758万円、神戸市で1340万円、広島市で1261万円、横浜市で1052万円、京都市で1014万円、熊本市で793万円などと、広い範囲で市民生活に大きな影響が出るとしています。

また、首都直下地震では、国が推計した直接の被害が47兆円、今回推計した道路の寸断などによる被害が731兆円で、合わせると20年間の被害が778兆円になるということです。
これは、同じ直下型の地震で被害が発生した阪神・淡路大震災のおよそ8倍に当たります。

20年で失われる納税者1人当たりの所得は、東京23区で2112万円、川崎市で1427万円、横浜市で1057万円、千葉市で865万円などと推計されています。

この経済被害に対し、報告書は、対策として、道路や港、それに堤防の整備や耐震化、古い建物の耐震化、それに電線の地中化などを挙げています。

これらの対策を事前に行った場合、南海トラフ巨大地震では509兆円、首都直下地震では247兆円と、経済の長期的な被害を3割から4割程度減らせると推計し、委員会は15年以内に対策を行うよう提言しています。

ただ、こうした対策を行うには、南海トラフ巨大地震で38兆円以上、首都直下地震で10兆円以上かかると試算していて、巨額の公共事業を実施するための財源を確保できるかが課題となる見込みです。

南海トラフ巨大地震とは

南海トラフでは、およそ100年から200年の間隔でマグニチュード8クラスの巨大地震が繰り返し発生していて、最後に起きたのは昭和21年に四国など広い範囲に大きな被害をもたらしたマグニチュード8.0の昭和南海地震です。

政府の地震調査委員会は、マグニチュード8から9の巨大地震が今後30年以内に「70%から80%」の確率で発生すると予測していて、その被害は四国や近畿、東海などを中心とする広域で発生し、東日本大震災を大きく上回ると想定されています。

国の被害想定によりますと、津波や建物の倒壊、火災などで、最悪の場合、全国でおよそ32万3000人が死亡し、238万棟余りの建物が全壊や焼失するおそれがあるほか、避難者の数は地震発生から1週間で最大950万人に上るなど影響が長期化するとしています。

一方、国は5年前の平成25年に経済的な被害についても想定を公表していて、地震発生後の短期的な被害を対象に、住宅や工場などの施設やライフラインなどの被害に加え、生産やサービスの低下による影響などで合わせて220兆3000億円に上るとしていました。

首都直下地震とは

首都直下地震は、政府の地震調査委員会が今後30年以内に70%の確率で起きると予測しているマグニチュード7程度の大地震です。

5年前の平成25年に公表された国の被害想定によりますと、最悪の場合、全壊または焼失する建物は61万棟に上り、このうち火災によっておよそ41万2000棟が焼失するとされています。

また、死者はおよそ2万3000人に上るほか、けが人は12万3000人、救助が必要な人は5万8000人、避難者数は発生から2週間後に720万人に達すると想定されています。

一方、経済的な被害については、地震発生後の短期的な被害を対象に、住宅や工場などの施設やライフラインなどの被害に加え、生産やサービスの低下による影響などで、合わせて95兆3000億円に上ると想定していました。